吉村家住宅と「土塁」

春の公開時に遠方から「ただ土塁をを見たい、
それだけを見に来ました」との来館者がおられ
ました。

吉村家住宅の土塁について、少し説明します。

吉村家住宅は1615年の大坂夏の陣の折、焼けて
しまったと古文書にあります。

その後再建されたのが、現在の吉村家住宅です。
この焼けてしまった古い家がどのような家で
あったかは残念ながら不明ですが、
残された遺構などから、古い家はいわゆる
「中世の館(城)」であったのでは?と想像されます。

中世の城郭史に詳しい中西裕樹先生が、以前
吉村家にお出でになった折、
「中世城郭の条件は、①敷地が一町四方ぐらい
②大きい道路に面している③堀に囲まれている
④土塁で囲まれている などであるが、
吉村家の元の家は中世の館(城)に間違いなかろう
とおっしゃっていたのを覚えています。

この土塁遺構がまだ、家の西側と、庭園の西、北側に
ひっそりと残っています。
築山も土塁の一部で、現在の家に建て替えるときに
「池泉回遊式庭園」に改造されたようです。

これが「土塁」の一部です。堀が干上がった時に
撮影しましたが、今はまた水の中です。

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